2011年9月13日 (火)

心の罹災 アイデンティティーの喪失

昨日は3月11日の東北大震災・津波そして原発事故からもう半年が過ぎてしまいました。
これまで政府や自治体も復興や放射線物質の除去を推進すると言いながら、国民から見ると進捗状況も遅れて明るい兆しが見えません。

いまから65年前の太平洋戦争の最後には、東京は爆弾と焼夷弾で焦土に近い状況になりました。
大空襲の後には、焼け跡の防空壕に焼け焦げた柱を立て、焼けたトタン板で屋根を葺き、ちょうど縄文時代の竪穴住居みたいなものを一日で作り上げていました。
食べ物は当時配給制度でしたが大空襲の時は3日くらい食料が無く飢え死に寸前の頃にやっとコッペパンと沖縄百号と呼ばれたまずいサツマイモが5~6個配給されるような惨状でした。
しかし焼け出された住民は勝つためという意気込みで、道に捨てられた両切りたばこの吸い殻を拾い集め、吸い残しのたばこを巻き直して、シケモクと称して売り歩いたり、田舎に買い出しに出掛けて食料をもらってたくましく生きてきたのです。

当時は日本政府の救済支援もなく、今のようにボランティアによる救済もなく、医療も皆無の状況でした。

今の日本は地震と水害(大津浪)、そして福島の原発による汚染が直面する罹災です。原発の汚染は何十年先まで続くか分からず、何時我が家に帰れるかも予想も付かない状況にあります。
しかし義援金の支給やボランティアの手助け、不十分でも生活保障がなされていますが、被災から立ち上がる意気込みや国民の復興に対する意気込みが今ひとつ弱いように思います。

日本はこれまで幾多の難関を突破してきたのに、今の無気力な雰囲気は何故だろうとこれまで考えてきました。
日本の東北地方は現実に罹災を受けてこれからの生き方も定まらず不安に覆われていますが、日本全土も将来の日本の前途に対し政治、経済、外交に対して不安感が漂っています。
この現象は今回の自然からの罹災や原発事故の罹災だけでなく、精神的にも全国民が「心」の罹災者になっているのが原因だと判断しました。
今の日本に国家を自覚できる行政が感じられません。
町の有志が世話ごとをしている市民社会に成り下がって仕舞いました。

戦時中は罹災を受けても、日本の本土も戦場だと国民が思い、勝つまで頑張らなくてはならないと腹で決めていました。
しかし今の日本には頑張る強力な目標が無いのです。
人間にとって活動の原動力は心の元気だと言うことを再認識しました。
以前、家族のことでアイデンティティーが無くなれば法律上は家族であっても実態は同居人が集まっているに過ぎないと書きました。
アイデンティティーとは平たく言えば「自分の心の拠り所」と言う意味です。
現在の日本人は国家にも政府にも、自治体に対してもアイデンティティーが喪失している状況にあるのです。
国民が心を団結して、不安で覆われている今の日本に復興という目標を与えてくれる力強いリーダーが欠如しているのです。
政界は相手を揶揄するだけで復興のための法案も後送りにされています。
このような状況では開発途上国にみる国家と同じレベルだと言わざるを得ません。
日本の若い男性はいつの間にか中性化して、リビアに見る男子の若者や女性の方が問題解決に邁進しているのをニュースで見てうらやましく思いました。

幸い、なでしこジャパンがドイツで女子ワールドカップに優勝し、一昨日にはロンドンオリンピックアジア予選で1位で通過したニュースは国民にとって心の罹災者として救われた気持ちになりました。
日本人の伝統に持っていた我慢強さとねばりが発揮され、日本人がホッとさせられる快感を味合わせてくれました。
あまりスポーツに関心のない私自身でも感動させてくれた快挙でした。
日本の国民もなでしこジャパンの活躍でどれだけ気持ちを癒されたか分かりません。
心の罹災者には言葉だけでただ「がんばれ」といっても何の効果もないのです。力強さを見せて欲しいのです。

日本もこれからは女子の時代に突入したと感じました。
地球上の生物の発生の歴史をたどれば、生物はメスから進化したもので、オスは種付けとメスの保護を目的に進化してきたのですから、このあたりでメスの再評価の時代に入ったかなと思うようになりました。
東京都知事の石原さんもなでしこジャパンの沢主将を表彰するとき
「あなたが首相になって欲しいです」と声を掛けていましたね。
女性はこれまで経済を男性に任せ、男尊女卑の意識で扱われていましたから、日本の歴史の中で長い間にわたって我慢することに耐えてきました。
これからは人類の幸せのために女性がもっともっと先頭に立って活躍して欲しいと願わずには居られません。

そして国民の心の被災者を女性の力でもって力強く癒してください。
いま社会にみなぎる不安を少しずつ取り除くことができたら国民の勝利です。

2011年4月19日 (火)

「疑い」を無視する科学技術 福島第一原発の危険

蓼科の山はやっと春の兆しが見えてきましたが、3月11日の東日本大震災、大津浪、それに福島の第一原発の事故はまだ春も迎えられない冬の季節の中に覆われていて、日本の国民を始め世界の友好国にも不安と悲しみを与えたままの状況です。

この世の中で人間の作ったものに「安全」とか「絶対」というものは存在しないことが分かっているのに、科学技術はいつも経済的な理由で過小評価して「安全」を売り言葉に開発を進めてきたのです。
人間の欲に懸かれた愚かさが尊い命を多数奪いさり、この先も原発事故でどれだけ犠牲者が出るか分からない有様です。

東日本の津波の被害は過去の大津浪の教訓があるのに大方の地域は過去の犠牲を無視して町を作り、津波を防ぐ堤防も予算上低く作ったために2万人を越える命を奪われ、15兆円以上の財産を失うことになりました。
科学技術は過去の経験から生まれてくるものです。今開発していることは過去の反省によって成長すのに、疑いも持たずに科学技術者が仕事を進めれば、その時の理由はあっても後で莫大なリスクと負債を追わねばならないのです。

科学は研究者の好奇心と謎解きから始まりますが、今行っている設備や計器に疑いを持つことは少ないのです。

卑近な例で我が家には電波時計は5個もあり、みな時刻の他に温度計と湿度計が付いていますがどの時計も温度は10度以上の誤差、湿度計は30%も狂っていてどれが正解か分からぬ状態です。水銀温度計で測って矯正したくても矯正ノブも付いていないで商品化しているのです。

科学の研究では精密な計測によって実験を進め結果を出すのですが、もし計測機器が狂っていたら実に危険な状況になりかねません。しかし研究者は意外に使っている計測機器について精度を疑わずに使用している場合が多いのです。
計器は人間で言えば五感のセンサーですから、経年劣化もしますし落としたり、環境が違うところでは狂ってくることも当たり前です。

今回なぜこのような問題を取り上げたかといいますと、福島原発の状況報告を東京電力は毎日3回もデーターを読みながら報告しています。
しかしこのデータが果たして現状の正しい報告だとは思えないからです。
原子炉の建屋内のデータは何時水素爆発が起こって炉心が露出してチェルノブイのような惨事に近い事故に発展するかも分からないのです。

原子炉建屋の中は、津波の影響も受け、3個は水素爆発もあり、海水の放水などで頑丈だと信じている計器類も相当に損傷し狂って居ると見るのが常識ですが、東京電力も保安院も疑いも持たずにデーターを公表し、次の方策を立てているのには恐怖を覚えます。

いつか大爆発につながって大混乱が起こるかも知れないからです・
科学はもっと自らの計器をも疑うことを提言します。

科学は好奇心と謎解き、そして「疑う」心を忘れてはなりません。

2011年4月10日 (日)

蓼科山の鑑賞と人間の評価

先日、茅野の山里では数年来のドカ雪が降り、朝覗いた駐車場の車は半分以上雪に埋まっていました。
体力のない私は除雪の救助を待ってやっと買い物に出掛けられるようになりました。

雪景色は冬になると毎日楽しいもので、特に裏庭の奥に聳える八ヶ岳連峰、その中でも特に蓼科山の鑑賞は料理で言えば日替わりメニューのように容姿を替えて楽しませてくれます。

昨日は全山が真っ白に雪に覆われていた雪景色が、春の日差しに溶けて今日は山頂だけが真っ白の帽子を被り、山襞だけ白く鋭い線を描いてキリリとした男性姿に変身しています。

蓼科山は一般には「諏訪富士」とも呼ばれ、私が暮らしている南側から見ればなだらかな山肌の柔らかい曲線は女性的で魅力的な姿をしています。
小さな2530メートルの山ですが日本百山の一つにも選ばれています。

若いときに一度だけ山頂まで登ったことがありますが、頂上付近は一面火山弾のガレキに覆われて樹木一本もない殺伐とした光景にはがっかりしました。しかし山頂からは360度をぐるりと見渡せるパノラマのような遠景だけは十分に楽しむことが出来ました。

しかし私が住む30キロも離れた地点から眺める蓼科山の魅力は直線距離で10キロ離れた南側からみる山の姿が一番です。
こんな蓼科山の鑑賞を書いている内に、山の鑑賞は人間に対する鑑賞と同じかも知れないと思えてきました。

世の政治家や企業家など新聞紙上で立派に思えた人たちと近くで付き合うとそれまでのイメージと反対にガレキに思う人たちも居ます。
そういえば人間同士もある距離を置いて付き合う方がお互いに利点だけが見えて長続きするものです。あまり付き合いが濃くなると時にはガレキにぶつかることが出てきます。

話がここまでなら、どこにでもあることですが、蓼科山は途中に鳥居が建って居て蓼科山神社のご神体だったのです。伝承によればビジンサマ(美人様?)というご神体は黒色の球形で雲に覆われていて赤や青の襞がぶら下がっているのだそうです。
この神が現れたときは山仕事はせず休む日となっています。
蓼科山は神の山だったのです。
そういえば修験道たちが修行する出羽三山にしろ山の神が住む山々は登山をするとガレキの山ばかりです。しかしその山々はオーラが輝いていています。

そうなると人間でもガレキに思えた人が、後になってカリスマ性をもった偉人として再評価されることも不思議ではありません。
ものごとの評価はある時のある事を通じてなされるので、時間がたって見方を変えると全く違った評価に変わることは歴史上の人物をみても言えることではないでしょうか。

私は蓼科山はビジンサマの住む神山として愛していこうと思うようになりました。

2011年3月30日 (水)

タテマエとホンネ 福島原発事故を通じて

ここ1週間は朝から原発事故のニュースをを見ていると、次第に滅入ってきて、夕餉の酒が地震、津波、原爆事故の被災者には申し訳無いのですが酒量が増加してきました。

酒を飲んでいる時に今回の原発は動物園のライオンが重病になった時を連想しました・
ライオンは原子炉とし、檻は原子炉の建屋だとすると、重病なライオンは重病なのに暴れ回り飼育係(東電職員)が檻に入りライオンには危なくて近づけ無い状態です。
ライオンのどこに病原があるのかは、糞尿を檻の外から棒で取り寄せて病原を探ろうとしていても、檻の中は掃除も出来ずライオンは糞尿まみれになっていて診断のサンプルを取るのも困難な状態です。
毎日檻の外からライオンを観察はしていても、ライオンに触れて治療も出来ずに、ただただ暴れるライオンを監視する以外、外から放水によって給水して終焉を待つほか方策がないようだというのが連想の結論でした。

問題は肝心な原子炉建屋には汚染がひどく立ち入ることが出来ないため、汚染の水がどこから出ているかも確認できないし修理も出来ない・
そして原子炉から流出した放射物質の汚水も蓄えるスペースが無いこと。
これだけでも絶望的な事故であり、一歩一歩チェルノブイリに匹敵する惨事に近づきつつあると認識しています。

福島第一原子力発電所の事故はこれから先どのような事態が起きて、どのような被害が発生するかも分からず、裁判所の極刑判決を待つ被告の心境でいます。

夕餉の後は連想を断ち切るためにテレビは有線の時代劇に切り替えて鑑賞しています
時代劇はタテマエに生きる武士とホンネで暮らす町人が織りなす人情ドラマです。
武士にも町人にもそれぞれ善玉と悪玉がいて最後に善玉の勝利で終わるのがドラマの筋書きですね。

今回の原発事故をドラマとして見ると、東京電力をはじめとして原子力安全・保安委員会や政府はタテマエで生きる武士たちと同じ役割を演じています。
国民はホンネで生きようとして居ます・

しかしタテマエを重視する武士たちは、お家大事で企業、政権を重視するために事故の裏で考えてるホンネの予見や構想を語ろうとしていません。

恐らく放射性物質の拡散がさらに広がり何時原発から20~30キロの範囲を強制避難命令にするか、さらに事故が予想外の問題が発生したら「非常事態宣言」を発令する用意もしているでしょう。

その場合の地域救援の水補給、食料の確保、交通の遮断など事後の処理も用意する手配も当然考慮しているはずですが、タテマイ社会では口を封じているはずです。

ホンネの国民は外国人が驚くほど平穏で騒動も起こさず、ホンネでは危機になるだろうと予感しながら江戸時代の町人のように、お上の決定に仕方なくついていくより仕方がないと自ら言い聞かせているようです。

原発は5千億円から1兆円をかけて最後にはコンクリート詰めの廃炉になるはずですが、実に高い電気代になります。これが豊かな社会を夢見た決算書です。

原発事故は当時の最新技術で作りながら、40年後の最新の科学技術で押さえられないという皮肉な結果を見せました。
科学は免疫学でいう細菌のようなもので人間の免疫が無力なのですね。

我々の危機に対してのホンネをどのように吸い上げて生かすかがこれからの課題です。

タテマエとホンネはいまリビアの戦乱を見ても外交のホンネが分かります。
旧多国籍軍(現在はNATO)の参加国を見るとヨーロッパ軍は反政府軍の民主化支援がタテマエですがホンネはリビアの石油資源と利権を守ることです。アメリカが本気でこの戦乱に入らないのは石油利権に縁がないので、無駄な出費を避け、アラブ諸国からの反感を買いたくないために身を引いていることやホンネをを知るとNATO軍の真のねらいが読めてきます。

人間はもともとタテマイとホンネを持っています。
これが読めれば楽しいものです。別な機会に独り言を述べましょう。

2011年3月23日 (水)

国民はどこまで我慢できるか めくら(視覚障害者)が象なでるような情報

毎晩飲む酒が日増しに増えてきました。政府や安全保安委員会、東電の発表が核心に触れずに情勢の悪化を人ごとのように発表しているからです。

テレビのニュースを聞くたびに、今日は大事な核心分については全く伝えられず、刻一刻食べられない野菜は広がり、水道の水まで安心して飲めなくなりました。

先便、先々便で予測したことが数日もたたないうちに現実問題になるほど原発の情勢は楽観を許さない情勢になってきました。

今日は第一原子発電所の3号発電機から灰色?の煙が出たので電源関係の作業を中止し待避したという医者会見があった。
なぜ煙だ出たか分からないという、情報はそれだけだ。
これなら素人でも発表できる話です。
我々は3号原子炉のどこから出たか、上空から50メートルの高さから放水できる危機の先端に可視、赤外線などの高性能のカメラをつけて煙の出火地点を確認するとか、煙の分析で何が燃えているかいくらでも追求が出来るのに、遠くから火事を眺めているような判断で発表している態度は化学に携わる一とは思えない。
日本の得意とするロボットも全く活用されていません。
放射物質の内容もガンマー線関係の内容をやっと発表しましたがプルトニウム系は計測機械が違うのでいずれ検討しますというような人ごとの話で会見で答えています。
これで放射性物質を扱う専門委員かと疑いを持ちました。

内閣官房長官も水道水の汚染に関して東京の金町浄水場の放射汚染が150ベクレルなので幼児には水道水を飲ませるなと述べながら、ペットボトルの市販の水は買いすぎるなというので驚くどころか腹が立ちました。旅行に行くのではなく定住している人たちに水道が飲めないなら一人一日2リッターの水が必要です。
4人家族なら一日最低4本(2リッター入り)も要るのに、まとめ買いが出来ないなら野菜はないし、水も飲めない生活を政府は強要できるのでしょうか。
関西や九州からペットボトルの水を船ででも急送させます位の配慮がなぜ出来ないかあきれて聞いていました。
水は人が生きるための最後の砦です。これを軽んじて発言するものは政治から離れてほしい。

テレビのニュースに出てくる放射線関係の教授陣も放射性物質の放射線の残留度だけで、雇われ学者のように沢山食べたり飲まなかったら大丈夫と皆口をそろえて発言します。
皆、人間がどういうものか知らない連中ばかりです。
人間には個体差もあり、放射線の浴び方が少量でも遺伝子に異常を起こす一もあり、突如病状が発症する人も多いのです。
放射線の数値は連続値で表現しますが、受け身の人間は個体差で非連続に副作用が出ることを医者も見逃すのです。
危険度は自分にとって賭のようなものですから、自分で丁か半か決断しなければならないのです。

現在の状況を見て水道水が10日以上現在の数値以上続くなら、東京を離れることを私は考えます。
企業や家族の経済を重視するか、それとも家族の命を重視するか判断する境界域にいます。どちらもリスクがあります。

今回の震災、原発事故の余波を考えると、今や日本は経済維新に入ったように思います。
経済=大量生産が崩壊しつつあります。世界に喧伝されたトヨタのジャスト・イン・タイムという在庫を作らない組み立て工法は地方に散在した部品工場で1個のパーツが事故で到着しなければ全組み立てラインがすべて休止状態になりました。

会社のために放射性物質で汚染が進んでも居残って頑張るのかどうか、戦場にいる兵士のようになる必要はありません。我が身、我が家族こそが生きる原点だと言うことも再認識するところに関東圏の方々は追い込まれつつあります。

日本の科学は原発の事故に貴重な情報を収集する手段として知恵を出してほしい。

2011年3月20日 (日)

原発災害による農産物や酪農への汚染問題

東日本大震災の原発災害も農産物への放射線物質の汚染に拡大しました。

先便で日本の食物が放射線物質で危機になる恐れを述べましたが、現実の問題になってしまいました。

私は若いときにアマゾンで原住民と暮らしているとき一番健康に注意していたことは飲料水のアミバー赤痢菌とマラリア予防でした。
原住民も幼児の死亡率70%の原因は上記に2つの原因によるものです。
私は水の細菌による汚染は水の煮沸で最初予防していましたが、日がたつにつれ煮沸水に少量ずつ生の川水を混ぜて体に抵抗力をつけながら飲んでいました。1ヶ月後は原住民と同じようにすべて川の飲み水が飲めるようになりました。万一アミバーに犯されたら唯一の特効薬クロロマイセチンを飲む覚悟でした。

しかし放射線物質の汚染はアマゾンのように微量に摂取しながら抵抗力をつけるわけにはいきません。
体内には放射性物質は加算されて蓄積されていくのです。
IAEAの日本の調査では原発の放射性物質をヨウ素とかセシュームとか内容別に発表しているのに、日本は一把一絡げで放射線総量だけを発表しているので情報量が不足だと言わざるを得ません。
放射性ヨウ素131などは消滅するまで30年間体内に蓄積されるのです。政府や安全保安委員会は情報を隠しているのかと言痛い気持ちです。

今日も海水をプールへの注入を中止して、原子炉の圧力が高圧になったため内部の蒸気の噴射をするとの報道がありました。
これによってまた大量の放射性物質が大気中に大量放出されることになるでしょう。
周囲の農産物や酪農に対して放射性物質による汚染が再び始まることを予想します。

まだ政府からの発表がありませんが「水」→飲料水の危機も考えておかないと、貯水池、取水する川の上流汚染は生死に関わりますから厳重に注意しましょう。

どうも政府や東電で考えている原子炉の沈静化は希望だけで、実際は刻一刻と悪化の方向に動いているように感じます。

放射線による副作用は妊婦や幼児にはとくに少量でも影響を受けやすいのですから早めに避難しないと危険です。

私は海外生活で危険地域が多かったせいか、毎日暮らしているときはいつも最悪の状態を想定して生きてきました。
今の日本は平和で結構なのですが、日本人の危機に対する構えが欠如しています。

政府の発表だけを頼りにせず、自分でも可能な限り情報を集めて我が身、我が家族を守ってほしいと思います。

放射性汚染が緊急だと感じたら子供だけでも避難することしか守ることが出来ません。
第二次大戦の時は米軍の爆撃を避けるための疎開(引っ越し避難)をしたことを思い出します。

戦後はインフラが壊滅し毎日不定時の停電が続き、中学生の私が勉強するときはローソクだけでした。江戸時代と同じです。しかし江戸時代は本の文字が大きかったのですが、私が読む教科書は暗いと細かい文字が読めずに苦労したことを思い出しました。

原発事故による定時停電もいつまで続くか何も発表されていません。夏場には冷房も期待できそうにありません。大変なことです。
これではインフラ不十分の開発途上国の状況にまで落ちぶれた状態です。
閉鎖している火力発電を動かしても需要を満たす供給が出来るか政府も東電も語っていません。
これが現在の政府、指導者の能力かと思うと情けなくなります。

日本の大企業や中小企業の生産量も急速に悪化をたどるでしょう。

私たちはいつも最悪を考えてこれから生き抜きましょう。
人生は修行の場だと悟りました。

2011年3月18日 (金)

買い溜め現象←不安心情←情報(告知)

昨夜北京にいる教え子から電話が掛かってきました。
彼女は主婦ですが毎日NHK衛星放送の報道やヨーロッパの報道を見ているが、日本からの情報はあまり危機感がないがヨーロッパからの放送は危機感にあふれているがどちらが合っていますかという心配した電話で始まりました。

わたしは外国の報道の方が真実に近いと思うと返事をしたのです。日本だけでなく諸外国でも自国の国民が混乱を予想することは隠して、安心するような情報だけを流すことは日本だけではありません。
中国は何時争乱や暴動が起こるか分からないので情報を規制している典型的な国家であることはみなさんのご存じの通りです。

アメリカの評価される点は政府が情報を隠しても、第三者のジャーナリズムが暴露できるので健全さを保っています。
しかし日本の場合ジャーナリズムが個人の暴露をしても政府や自治体の中枢を暴露することが少なく、健全な情報社会にはまだほど遠い現状に感じます。

災害から1週間たって被災地ではガソリン、灯油、食料もない地域や交通の寸断や福島原発で避難している地域、風評汚染で困っている所もあるのに、東京や千葉の市街地では買い溜めにガソリン、灯油、トイレットペーパーから米、冷凍食品、飲料水などが瞬く間に売り切れてしまうそうです。

私から見ればおろかな行為だと言わざるを得ませんが、庶民をそこまで走らせる背景は東京を始め千葉などの近県が抱える不安の心情がなせる行動だと考えます。
東京からの友人の電話だと近々大地震がありそうだという風評、福島の原発が危険な放射物質の放出で待避するかも知れないという風評などで自己防衛のため買い溜めに走ったという人もいました。

不安は情報が明確に掴めないから起こるのです。
現在日本を始め世界で心配していることは福島の第一原子力発電所の行く末です。
例をある病院の内科のがん患者に見立て原発事故をみると分かりよいかも知れません。

医者は研修医の東京電力、担当医は原子力安全保安委員会とし患者は福島第一原子力発電所としましょう。
診察には家族として国民が付き添って診察と治療を受けています。

研修医の東電は震災と津波で傷ついた原発を診察しますが放射線で体(原発内部に入って)に触れずに血液検査(内部の計器の数値)だけ見て、化学療法の処方箋を書いて患者に飲ませてきたのです。
主任の担当医である安全保安委員会はそれを鵜呑みにしてきたわけです。
しかし症状は重くなるばかりで付き添いの家族である国民は研修医と担当医の安全保安委員会に患者の病状について告知(インフォームドコンセント)を求めますが、血液検査の結果を棒読みするだけで、本当の病状や将来予想される結末も話してくれません。
安全保安委員会などは素人の家族から見てヤブ医者ではないかという不安が今回も続いています。

セカンドオピニオンとして登場するニュース番組の東大、京大、阪大の専門医も本音が言えず、昨日の自衛隊のヘリコプターが給水した様子を見て一歩前進しましたと発言したのを聞いてこれもヤブ医者だと思いました。

原発3号機の燃料プールに注水するのに100メートルも高所から4.5トンの水を落とすのですから、家庭菜園のシャワー撒きかと思う光景をどうして一歩前進なのか耳を疑いました。
確かに放射線が大量に放射されている上空から水を注入するには近接しながらプールの真上でホバーリングして水を投下することは決死の覚悟でも不可能だったと思います。これをあえてさせたのは研修医東電と防衛庁の長官でした。
ヨーロッパならこんな特攻隊のような無謀な給水は絶対にしないでしょう。
現在の放水中の地上からの放水車による給水も決死隊です。現場の従事者には深甚な敬意を払いますが、命令する上司はどんな気持ちでいるのか聞いてみたいです。

こんなに現場では命ぜられるままに患者の治療に命がけで働いているのに、記者会見に出てくる研修医や担当医は患者の病状がよく分からず告知(情報)を提供している様子をテレビ中継で見ていると、近いうちに放射物質で汚染が千葉や東京に拡大していくのではないかと思わざるを得ません。

一番気になるのは現在原発から漏れている放射物質の内容がプトニウム239なのかヨウ素131なのかという、がんそのものの生理的解析が発表開示されていません。
付き添いの国民はますます不安になってきます。もし放射物質による汚染が広がれば放射物質の残留期間とも関係がありますから、この告知は重要なのですが現在は隠されています。

汚染の内容によっては関東地方の農産物は作付けも出荷も出来なくなります。そうなれば悲劇が局地的な第一原発では病状が収まらなくなるからです。

告知こそが今一番求められています。告知が無いとそれによって不安は買い溜めだけではなく関東脱出、工場閉鎖など連鎖反応がドミノ倒しのように起こってくるでしょう。
もしそうなったら「日本沈没」です。

もう過去のことを言っても始まりません、今どうやって患者(原発)の終焉を穏やかにするか、ホスピスの治療を早急に患者に与えることです。
命がけの放水と明日からの電源開通によるポンプの作動が痛み止めのモルヒネ機能になってくれることを祈るだけです。

2011年3月16日 (水)

東北大震災・大津波に思う 技術文明は大自然に敗北した

11日の昼過ぎにココログの原稿を書いているとき、テレビの緊急放送が始まって太平洋岸の東北地方が大地震と大津波で多大の被害が出ているという報道がはじまりました。

今日は大震災から5日もたって、今回の大震災による犠牲者は宮城県だけでも県警の予想では1万人は超えるだろうということです。恐らく関東から東北を含めれば犠牲者は2万人にも達するかもしれません。これはまさに戦争の死者と同じ意味をもっていると思いました。

日本の習慣で以前は交通戦争という用語が使われていました。この当時、戦争という言葉を使ったのは明治27年の日清戦争の時の戦死者が1万にであったことに由来します。
今回の大震災と大津波の犠牲者が宮城県だけでも1日の間に1万人を超えるなら、まさに慣例の戦争という語を使ってもおかしくないでしょう。

では今回の戦争の直接の敵は大地震と大津波です。被害の状況を録画で見る限り1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲の焼け跡を見た私は全く同じ衝動を感じました。
怖さも超え、悲しみも超え、ただただ唖然として焼け跡に立っていたことを思い出しました。
焼け跡の防空壕を住まいにして、焼け跡のトタン板で屋根を覆い、燃えかすの木材でたき火をしながら市民は呆然としていました。当時は現在のような機械力もなく救助や救援もなく自立で生きて行かなくてはならなかったのです。配給の食糧(さつまいも)もなく何も食べなかった日もありました。太平洋戦争の時は日本の内地もまさに戦場と同じでした。
その当時の惨状がいま局地的に東北地方の太平洋側に起きているのです。
深い同情を禁じ得ません。

さてその戦争も今回は味方であるべき兵器(原発)が津波にやられて、兵器の故障で味方もさらに危険な状況になっていることが重大です。
兵器は本来敵を倒すための特効薬であるはずなのに、兵器の故障や事故によって味方が危険にさらされる致死量のある毒薬として作用することになったことは、平和国日本にとっては国を揺るがすような事態になってしまいました。

先便でニュージーランドの震災について思いを述べましたが、今回自分の国で起きた大自然との戦争を考えると、日本の技術文明は大自然の敵に敗北したと認めざるを得ません。
科学技術のおごりと公共機関の防災予算のケチりが、大堤防を越えた大津波を防げず、原発の危機を救う燃料タンク、発電機、給水ポンプさえも機能できずに米国のスマイリ島原発事故に並ぶ惨事になりつつある現状です。

文明の発達は止まることなく進展するでしょうが、文明の持つリスクは益々増大するはずです。どこまで将来のリスクが予測でき、対処が出来るかが将来の日本の課題です。

福島第一原子力発電所の事故も放送で間断なく放送されていますが、肝心な情報がないため、解説する専門家も十分な判断が出来ず、これからの推移を見守る程度の話で終わっています。
情報とは知りたいことと知らせたいことの総称です。それなのに知りたいことが分からないということは情報の欠如と言わざるを得ません。
情報をまとめる内閣官房に直接伝達されていないようです。事故の現場は放射能汚染で事故の現場に近づけないとも伝えられていますが、ロボットで近接出来る技術もあるのに理解できません。

東北の大津波の罹災者で多くの孤立待避所がテレビで伝えられています。早急に自衛隊の大型ヘリと米軍の空母からヘリの協力を得て医療、食料、生活資材の輸送ができるはずです。これを総括する本部が縦割り行政でうまくいっていないように思います。
内閣府で一括して輸送先と救援品、数量を把握して、調達から輸送まで命令できる体制がないと罹災者は危機に陥ります。

また罹災者の方も動けない高齢者や病人を除き、自分たちも自力で立ち上がった太平洋戦争中の罹災者のように手近なところから身を守る活動を開始してくださるように願うばかりです。

今回の東日本大震災は、これから襲う東海大地震を乗り越える試金石です。
日本の国民は今度の大震災は人ごとではありません。
我々の敵は外国よりも自然と向き合って闘う知恵と技術とサーバイバルの訓練と気力だということを再認識しました。

大震災の犠牲者には心から哀悼の気持ちを捧げて終わります。

2011年3月 4日 (金)

福祉・安心コールの安らぎと癒し

私が今暮らしている茅野市の社会福祉協議会では、一人暮らしの65歳以上の高齢者が希望すると週2回自宅に電話をしてくれます。

安心コールは地元住民のボランティア活動でサービスして下さるのですが、こちらからサービスして下さる方の名前は紹介されても、住所や電話番号は教えてくれないことになっています。トラブル防止のためだそうです。

昨夕5時になると、山田(仮称)さんから電話が掛かってきました。
山田さん「こんにちは、お元気ですか、又雪が降りましたね」

楽山「こんにちは、今日は元気でいます。ですが一昨日は夕方目眩がして歩けないので、風呂もパスし夕食も作れずにベットで3時間ほど寝ていました。」

山田さん「いや、大変でしたね、それで後はどうでしたか」

楽山「夜の9時頃になって目眩が収まったので、冷蔵庫にあるインスタント雑炊だけは湯を沸かして食べられましたから心配しないで下さい。この症状は時々起こるので慣れていますから大丈夫です。」

楽山「私の山側の地区は勝手に茅野のチベット地帯と呼んでいるくらい雪が多いので20センチは積もりました。」「雪の後の除雪が体力が無いので難儀しますよ、しかし近所に高齢者ですが元気な方がいて軽トラで除雪機を運んで雪掻きをして貰えるので助かっています。

山田さん「それは良かったですね、そちらは寒いでしょ?」

楽山「そうですね、朝晩は氷点下10度ですが慣れました、室内はストーブ2個を付けて23度くらいにして暮らしていますから、外の方が考えるほどつらくはありません。むしろ大変なのは燃料費が高額になり関西で暮らしていた頃の3倍燃費が掛かりますが仕方ないですね。中東の情勢が心配ですよよ石油が高騰しますからね」

山田さん「そういえば寒いときは昔はコタツだけでした。」

楽山「早々、置きゴタツに炭団を入れていましたね。」

山田さん「子供の時、足袋をはいて足を伸ばしたら火の中で焼け焦げてやけどをしたことを思い出しました。」

楽山「そうでしたか、私は火が弱いので火箸でよく見ないで掻き回したので火が畳に落ちて焦がしてしまい叱られましたよ。 長野の北の山間部では、夜コタツに四方布団をひいて足を温めながら寝かされた経験があります。」

楽山「昔はコタツと火鉢が唯一の暖房でしたから、家族はみんなコタツに入りに来てコタツ布団の上にミカンを置いて家族団らんでミカンを食べましたね。」

山田さん「わあ~懐かしいです。」

楽山「今は電気や石油のストーブで、子供たちの個室にも暖房があるので家族がちりぢりになってしまい、皆が集まることが無くなって寂しいですね。それに夫婦の共稼ぎ、子供の塾通いなどの家庭が多いと、家族で食事を一緒に食べる機会も無くなってきて、同居人の下宿生活みたいになってしまいました。」

山田さん「その通りです」・・しばらく無言
山田さん「そちらでは杉の花粉症が始まりましたか」

楽山「いいえ、こちらは山里ですが昔森林組合が雑木を伐採してほとんどカラマツを植えたので杉の花粉症は聞いたことがありませんよ。」

山田さん「こちらは茅野駅の近くですが西側は杉だらけなので、これから大変です。」

楽山「昔も茅野や諏訪で花粉症があったのでしょうか?」

山田さん「こちらもなかったと思います。なにか話ではこの頃の日本人はあまり清潔、清潔と言って体の抵抗力が無くなったとか聞いていますけれど」

楽山「私も同感ですね、自分の子供の頃はおにぎりやパンを地面に落としても汚れたところだけ指で払って食べたもんです。おなかを悪くしたときは黒くて酸っぱい梅エキスを嘗めさせられたら直ったことが何回もありましたよ。子供の時から雑菌に強くしておかないと体の抵抗力が付かないと思います。」

山田さん「雨が降ってきたようですが、そちらはどうですか」

楽山「まだ雨は降っていません、それより一昨日の夜中に屋根から落雷のような轟音が聞こえて飛び起きたら、窓の外に屋根から落ちた雪の結氷が一斉に落ちて玄関前も歩けないくらい氷の山で閉ざされてしまいました。翌朝老躯にむち打って氷の固まりをどけましたが、雨より雪の方が怖いです。」

山田さん「どうぞ落氷にだけは危険ですから気をつけてください。今日はこれで終わりましょう、お元気で・・・・」

以上が月曜に安心コールで話した大要です。
私にとってはこの安心コールで若いときの経験や自分の考えを話す機会で、短い時間ですが心の安らぎを覚え、一人暮らしの癒しにもなってくれます。

この安心コールはこちらが電話に出ないとセンターに連絡し、我が家の鍵を預けている近所の方を同伴してセンターが異常があるかどうか確認に来てくれるのです。
誠にありがたいサービスなので紹介を兼ねて感謝を申し述べます。

2011年2月25日 (金)

文明は良薬か毒薬か ニュージーランドの大震災に思う

ニュージーランドで阪神淡路大震災を想起させるような大地震が起きました。
キングス・エヅケーションで英語を学んでいる学生がまだ23名も瓦礫の下で救出を待っています。誠に痛ましいニュースが連日報道のトップで伝えられています。
地震国の日本人は、皆んな人ごとではない思いをしながら救出を祈っていると思います。

私はいま蓼科の山に暮らしていますが、数百メートル下ると今から4500年前の縄文後期の遺跡や集落跡があります。
この当時の住人は諏訪活断層で何回か大地震を経験したと推定しますが人口の希薄な集落で軽量の草木で覆った竪穴住居生活では、大地震があっても死傷者はおそらく出なかったと思います。

世間では天災だったと地震の被害を片付けますが、実際は自分たちが金と技術で作り出した文明によって被害を被っているのです。
言い方を変えれば地震の被害は人災と言うべき物です。

文明は科学技術で人間が作り出した人工的な装置の総称です。
人間は自然がもたらす寒暖や風雨を克服し、食物を増産させ、都市、交通、兵器までも文明の名で開発してきました。

文明の発達は今や地球温暖化をもたらしました。
そして人間の技術で作り上げた都市は人間に対して人災をもたらしているのです。

私の友人で大学の薬学部長をしている人がいます。
ある日二人で飲んでいたとき私の幼いときの治療のことが話題になりました。
腹が悪くなれば梅のエキスを嘗めさせられ、のどが痛いと言えば白南天の実を飲まされたことを話すと、友人の薬学部長は笑って「そんな物は薬じゃないよ」と言い出したのです。
では薬とはなんだいと尋ねると、「漢方もそうだが梅のエキスや南天でも、沢山飲んでも死なないだろう。」 「薬とは致死量のある治療薬なんだよ」
この致死量という言葉を聞いてその日の酒の酔いが吹き飛んだ思い出が思わず浮かんできました。

西洋医学で扱う薬は致死量があるとすれば、まさに文明の本質を語っていると言えましょう。

医者は薬の致死量を知りながら死の副作用が出ないように治療をしているわけです。それは人間が作り出した文明のすべてに該当することです。

私たちは致死量のある文明をどのように安全に使うか、致死量の低い文明にどのように改善したらよいかをいつも考えなくてはならないということを肝に銘じましょう。

ニュージーランドのまだ行方不明の方々が一刻も早く救出されることを祈って今回の独り言を閉じます。

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